最高裁判所第三小法廷 昭和29年(オ)451号 判決 1958年2月25日
上告人 大洋資源株式会社
被上告人 国
訴訟代理人 青木義人 外一名
主文
原判決中訴外宮地清蔵が昭和二四年四月九日から同年七月九日までの間に上告人に対し貸渡した合計金六五七二七円の貸金債権に関する部分を除き、その余を破棄する。
上告人は被上告人に対し金一六四五一〇円を支払わなければならない。
原判決中本判決主文第一項において特に除外した部分につき、本件上告を棄却する。
訴訟費用(本判決主文第一項掲記の貸金債権及び原判示の求償債権に基く請求に関して生じたもの)中第二審の費用は上告人の、当審の費用は被上告人の各負担とする。
理由
上告理由第一点、第二点及び第四点について。
論旨は、単なる法令違反、事実誤認の主張にすぎず、いずれも「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる法令の解釈に関する重要な主張を含むものとは認められない。(なお、論旨第一点及び第二点所論の原判示は正当であつて、原判決には所論の訴訟法違反はない。)
上告理由第三点について。
論旨は、違憲をいう点もあるが、その実質は単なる訴訟法違反の主張に帰し、前記「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」一号所定の上告理由にあたらない。
よつて、右訴訟法違反の主張の当否について判断するに、被上告人は第一審において、国税徴収法二三条の一に基き滞納処分として昭和二五年一二月一二日差押えた訴外宮地清蔵の上告人に対する貸金債権につき同訴外人に代位して金二三〇二三七円の支払を求め、第一審裁判所は右貸金債権の存在を認めて被上告人の右請求を認容したところ、上告人の控訴により訴訟が原審に係属中、被上告人は訴を変更し、あらたに滞納処分として昭和二八年一〇月二九日差押えた前記訴外人の上告人に対する求償債権(同訴外人が、上告人の訴外株式会社大阪銀行尾道支店に対する債務につき、保証人として金一六四五一〇円の弁済をしたことによつて取得した右同額の求償債権)につき同訴外人に代位して弁済を求める新訴を提起し、これと第一審裁判所によつて認容された貸金債権の一部金六五七二七円との合計金二三〇二三七円(この金額は第一審における請求金額と一致する)の支払を求め、右貸金債権の残部については主張を撤回する旨陳述するに至つたこと並びに上告人は右訴の変更につき異議を述べたが、原審はこの変更を許すべきものとし、新訴による求償債権及び前示金六五七二七円の貸金債権に基く被上告人の請求を認容すべき旨判示すると共に、上告人の控訴を理由なきものとして棄却する旨の判決をしたものであること記録上明らかである。
それ故、前示金六五七二七円の貸金債権に関する部分については、原判決は正当であつてこの点についての論旨はとり得ないけれども、前示求償債権に関する部分については、原判決には所論の違法があり破棄を免れない。けだし、右求償債権は第一審において主張されず、従つて第一審判決の判断の対象となつていないのであつて、原審が右求償債権に基く被上告人の請求を認容すべきものとの見解に到達したところで、控訴棄却の判決をなすべきではなく、主文において「控訴人は被控訴人に対し金一六四五一〇円を払わなければならない」旨判決をすべきものであるからである。(最高裁判所昭和二九年(オ)四四四号、同三二年二月二八日第一小法廷判決参照)而して、右破棄すべき部分については、原審の確定した事実に基き直ちに裁判をなし得ること勿論である。
よつて、民訴四〇八条一号、三九六条、三八四条、九五条、九六条、八九条、九二条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。
(裁判官 島保 河村又介 小林俊三 垂水克己)
上告理由
第一点 原判決は其理由項下に於て本訴に於ける重要なる争点である請求の基礎の変更ありや否やに付き、民事訴訟法第二百三十二条の解釈及び適用に関し、被上告人は第一審に於ては、訴外宮地清蔵は上告人に対し、金弐拾参万弐百参拾七円也の現金授受を為し、これが返還を約した事実に基く消費貸借の債権を請求原因とし、更らに二次的に右金額の内拾六万五千四拾弐円也に付ては、上告人の抗弁にあい、上告人に対する求償債権を変更した準消費貸借契約の債権あることを請求原因としていたが、第二審に於て、これが一部拾六万余円を変更して、右宮地清蔵は上告人が第三者より金融を受くるに付き同人所有の予金を担保としていたが、その弁済期日に上告人が支払はなかつたため右宮地の担保によつて上告人の債務が弁済せられたので、宮地は上告人にその求償権を有するものであるから、本件請求の内拾六万五千四拾弐円也を宮地に代位して請求すると本件の訴を変更したが、これは第一審に於ける訴訟物である貸金債権と実質的には同一の権利関係であることを認め得るのであつて、その部分の訴の変更は請求の基礎に変更を及ぼさないことは明らかであると判示して、被上告人の為した訴の変更を認容し上告人のこれに対する異議の申立及び控訴請求を排斥したのであるが、右原判決の認定した被上告人の請求原因は、初めの第一審以来の消費貸借成立の法律要件たる事実及びこれによる消費貸借の権利関係と第二審に於てこれを変更して主張せる求償権成立の法律要件たる事実及びこれによつて生ずる求償権の権利関係とが、各成立の基礎事実及びその権利の本質を異にすることは多言を要せずして明瞭なる事柄である。故に斯る相異る二つの事実及び権利が法律上実質的に同一の権利関係でないことは自明なる理であるのにこれを同一の権利関係であるとして、民事訴訟法第二百三十二条の所謂請求の基礎に変更なきものとし解釈して同法を適用し、被上告人の請求を認容して、上告人の主張を排斥した原判決は訴に於ける重要な争点に関し法令の解釈及び適用を誤つて為した違法ある判決である。
第二点 原判決は本訴に於ける重要なる争点である、被上告人が訴外宮地清蔵に代位して上告人に対し本件訴を提起した法律上の基礎である代位権に付き、第一審に於ける貸金請求の代位権は昭和二十五年十二月十二日その貸金債権を国税滞納処分として差押た事により、第二審に於て訴を変更して請求した求償権の代位権は昭和二十八年十月二十九日その求償権を前同様に差押た事により、各発生したものであると説示し、この二つの代位権はその発生の基礎たる事実が各別個独立のものであると認定し、これ等の代位権又はこれを発生する法律上の要件である基礎事実は、本件訴を被上告人が遂行する権能を生ずる基礎であるに止まり、本訴に於ける民事訴訟法第二百三十二条に所謂請求の基礎を為すものには該当しないと判示して上告人の請求を排斥したのであるが、本件の如く被上告人が自己に固有の上告人に対する債権を行使するのではなく、被上告人が訴外宮地清蔵に代位して上告人に対し宮地の債権を直接行使する場合にありては、本件のこの代位の特殊性差押債権に限定する事情から考察して、その代位権の有無及びこれが発生原因たる基礎事実も又本訴に於ける民事訴訟法第二百三十二条に所謂請求の基礎に該当するものであると思料する。
蓋し被上告人が自己の固有債権を上告人に対して行使する場合とは異り、右代位権が被上告人になかりせば、被上告人が上告人に対し本訴に於ける請求は法律上の根拠がないからその請求は不能となるからである。
然るに原審がこの点に思を致さずして、本訴に於ける被上告人の代位権及びその発生原因たる事実は民事訴訟法第二百三十二条の請求の基礎に該当しないものとして、これを除外して上告人の主張を斥け被上告人の訴の変更を許容して上告人の請求を排斥した原判決は、本訴に於ける重要なる事項に付き右法令の解釈及び適用を誤り不当に上告人の請求を排斥した違法ある法令違反の判決である。
第三点 原判決は被上告人が第一審に於て本訴に於て、請求原因として主張し、而も第一審裁判所が認容し被上告人にその権利を認めて勝訴せしめた所の訴外宮地清蔵が上告人に対し有するものとした消費貸借に基く債権ありとの事実は真実存在しなかつたのであるから第二審に於てこれを撤回した上で改めて右宮地清蔵は上告人に対して求償権を有しているのであるから、これを国税滞納処分として差押へ第一審に主張した貸金債権に対する差押はこれを解除したのである。
仍て第二審に於て訴を変更して、被上告人は上告人に対し右宮地清蔵に代位してこれが求償権の支払を請求するものであるとの事実を認容して、被上告人の為した訴の変更に対する上告人の異議申立を斥け、従つて上告人の第一審判決に対する不服の申立である控訴請求を棄却したのであるが、元来控訴は第一審判決に対する不服の申立であつて、その判決に対して為すべきものであることは民事訴訟法第三百六十条に明定されている処である。故に控訴審である原審に於ては、原判決を為す当時に於てこの第一審の判決を支持し得る法律上の理由が存続する場合に於てのみ控訴請求を棄却すべきである。
本件の訴に於てこれを解察するに被上告人は控訴審たる原審に於て、第一審に於て請求の原因として主張せし宮地清蔵が上告人に対して貸金債権を有するから代位して請求するとの主張はこれを撤回し、且つその代位権の発生原因である差押もこれを解除した事は第二審に於ては、被上告人がこれを主張し訴訟当事者間に争いない事実であつた事は原判決もこれを認定しているのであるから、原判決を為す当時(第二審の口頭弁論終結の時)には被上告人が第一審に於て主張し、且つ第一審判決が認容した権利は被上告人に於てこれを抛棄し、少くても本訴に於て代位する権利を失ひ、第一審の判決を訴に於て支持すべき法律上の理由の消滅している事は訴訟当事者間に争いなく又原審もこれをその判決に於て認めているものである。
故に控訴が第一審の判決に対して為さるものである本質からして、上告人の為したこの第一審の判決に対する控訴請求は棄却せらるべきでなく、反対に請求の基礎を失つた被上告人の本件の請求が却下せらるべきである。
然るに原審は此処に出ずして、被上告人の訴の変更を容認して上告人の控訴請求を棄却したため、第一審の審理なき第二審のみの訴訟審理を出現せしめ、而も被上告人の抛棄し主張をなさない第一審判決に記載の真実に存在しないことが当事者双方に争いない債権を容認し、この権利を被上告人をして上告人に行使せしめる結果を招来せしむべき原判決を為したのである。故に原判決は全く原審裁判所が憲法七十六条及びこれに附随する法令の解釈を誤つて為された違法ある判決である。
第四点 原判決は上告人が主張して居る、本訴の債権は弁済期が到来して居らぬから支払請求に応ぜられないとの抗弁及びこれを証明するために提出した証拠、即ち乙第一号証(弁済に関する契約書)証人永後敏正、宮地清蔵、三浦数政の各証言を、被上告人提出の証拠、即ち信岡正夫、大津健治の各証言及び甲号各証及び内払の事実と対比して排斥する旨を判示して居るのであるが、右原判決が措信採用した証人信岡正夫大津健治の各証言中弁済期に関する点は、永後敏正よりの伝聞及自己推測の事実を内容とするものであることは、その証言自体で明かであり、又本件の差押前に弁済に関する特約を為し、本訴債権が期限未到来の事実は、その当事者双方即ち宮地清蔵と上告人会社との間に於ては争いない事実であることは、証人宮地清蔵の証言及び上告人の主張によつてこれ又明瞭である。而して法律上弁済期限が債務者上告人の利益のために存するものなるが故に何時でも分割支払し得ることに思を致せば、原判決認定の内払の事実が弁済特約の成立を否認する事実とは為し得ない。故にこの様な事実が訴訟上証明されて居る本訴の場合に、債権者宮地清蔵が上告人に対し自ら請求する場合は、この争なき弁済期未到来の事実によつて、その訴及が失当であると判定さるべきである事は、大審院判例の従来判示するところである。然るに原判決は被上告人が宮地に代位して居るのでひがみ根性を出して此処に出て居ないのである。
右は原判決が法律行為、弁済期限、代位、証拠法則の規定についての法令の解釈及び適用を誤り不当に上告人の請求を斥けたもので原判決はこの違法があると思料する。
以上の各理由によつて原判決は破毀せらるべきである。